2011年12月07日

紅葉回廊を往く (南禅寺〜永観堂〜哲学の道)

11月30日と12月1日。ポッカリと体が空いた。

「そうだ京都、行こう。」

懐かしいフレーズを思い起こしながら、1泊どまりで紅葉を鑑賞に行くことにした。
以前から気になっていながら、踏み入れていない「永観堂」がメインテーマだ。
多分、単体としては京都屈指の紅葉の名所であろう。

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平日の11時頃で、すでに南禅寺は賑わいを呈していた。
なかなかシャッターチャンスを捉えられない。
それだけ人の姿が多い。いいところほど、人がうろうろとしている。
どうにかしたいが、私もそう思われているに違いない。

南禅寺は、いままで何度も数えきれないぐらい来ているところ。
庭を眺めながら「湯豆腐」をたべたり、いまや著名になってしまった水路閣の上を
さんぽしたり・・・・。
若い頃(オッと今も若いが)、無料地域が広いので、ほとんどそこを専門に徘徊してきた。
オールシーズン楽しめるところ。



永観堂は寺域は結構広いようだが、徴金所までの距離がすぐなので、学生時代にはあまりご縁がなかった。
さすがに「紅葉の名所」として、抜群の著名度があるだけに、早めの時間にもかかわらず、切符売り場に人が列を作っている。

お坊さんが、いわゆる切符切りに活躍しておられた。これは好感が持てる光景である。
何によらず修行でしょうから、奥に引きこもらずにわれわれ庶民と触れ合うのは、いいなあ。

やはり「紅葉づくし」である。

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もう飽きたな、と言いたいぐらい。
さすが、でした。

門前のうどんやで、昼食。わたしは懐かしの「木の葉丼」。妻は「にしんそば」。
しもたや風のところが好い。いかにも「名物ですよ」って感じがあると、気持が抵抗しますね。
格式を重んじたり、講釈のおおい食事は、気が休まらない。

私は京都市中の下町に育った。近くに普通のうどん屋があって、子供の頃にしばしば出前をしてもらって、食したが、それはそれは美味いものだった。

思い出は、それだけで美味なのかもしれないので、比較はやめておこう。


そろそろ「哲学の道」にさしかかる。哲学者の西田幾多郎さんのゆかりの名所だが、当時なら風情もあろうが、今は哲学どころか、おちおちよそ見もできないぐらい、銀座通りである。

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でも飽きのこない風景が、そこかしこに目をやすませてくれる。
また周辺には、多くの寺院や史跡があり、人気があるのもうなづける。だって僕ちゃんもなんどもなんども来てるんだもの。

随分と、歩いたな。まだ行こう。同じ道を引返すのも芸がない。
ということで、白河通付近を、入り込むように静かな道を戻っていった。

この日は合計で25,000歩いたわけだが、少しも疲労感がない。おいら、多分若いんだろうね。

さて新京極に到着した。お目当ての某所が開店するまで、まだ時間がある。
こんな都心に、すごいものがあるのを発見したのは、ほんの3週間ぐらい前だった。そこへ行こう。

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和泉式部ってご存知ですよね。近所のおばちゃんでしたっけ?
平安時代に行けば、「AKB48」の多分ナンバー2ぐらいらしい。恋多き女だってね。

彼女が初代住職をした寺院が、新京極のどまん中にあったんですよ!誠心院です。和泉式部のお墓と歌碑、娘さんの小式部内侍の歌碑もありました。小倉百人一首に、こんな歌がありましたね。

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あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな (和泉式部)

大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立 (小式部内侍)
   ーーこの歌は私の幼年時代の、百人一首遊戯での得意札でもありました。

今まで無数に訪れていた京都・新京極の喧噪のなかに、しずかに佇む文化遺跡。学校で習った現物が、千年後の今に自分の目の前にある。記憶に残る興奮でした。

さあ夕食。近くの錦市場の中にあるお目当ての居酒屋「嘉ねた」に直行。

目立たない店だが、料理もおいしく、いい酒も置いて有るわりに、お値打ちで気に入っている。
グラス単位で呑ませてくれるので、「森伊蔵」なども手に届く値段である。妻もお気に入りだ。

来るお客も上品な感じで、私達がひょっとして一番下品かも・・・・ね。

(翌日は、さらに嵐山に紅葉見物に行ったのだが、以下は機会が有れば続編として書き込みたい)

      (syuji)
posted by okumura at 13:55 | TrackBack(0) | 日記

2011年12月06日

クリスマス会場?

 季節にあわせて、パティオ伏見のご利用スタイルは微妙に変化していきます。
1月〜2月の「新年会」バー。3月〜4月の送別会・歓迎会。その間を縫って各種団体や企業の会議。
あるいは、単なる呑み会も。
オッと、異業種交流会や同窓会幹事会も忘れちゃいけないね。この方たちは、年中定期的に会合をもって勉強会や情報交換、次世代のための組織維持に必死に頑張っておられますねちっ(怒った顔)
 
 夏になれば、納涼会・ビアパーティー。いくつかの県人会も、恒例の県人会祭りを控えて、準備になんども会議を重ねておられる。
頭が下がりますね。会議の後には、たまにはビールや焼酎で乾杯!ビール
 韓流ファンのDVD鑑賞会は、季節に関係なく、パワフルですね。入れ代わり立ち代わり、グループによっては食べ物ももちこみで、ダベリング! 殆どが4時間ぐらいのパラダイス。映画
100インチの大スクリーンを見つめる瞳は、ほんとうに少女のよう。(言いすぎかな?)
 各種セミナーや研究会も多様ですね。各分野に共通していえるのは、皆さん「まじめ」ということかなあ。こんな言い方は失礼かもしれませんが。ふらふら
 
 秋から年末にかけては、各種総会の準備会合が多いですね。ボランティア精神がひしひしと伝わってきますよ。
 12月は、クリスマス会・忘年会がやはり多いですね。クリスマスバークリスマスバークリスマス

パティオ伏見でのこの種の会合は、最近は平日夜というよりも土日祝日の会合が増えてきましたね。手作りの料理を持ち込んで来られる方も多いです。あるいは私に「おまかせ」のお客様もね。
 
それぞれのお客様は、それぞれの会の趣旨に沿って「・・会場」と思って居られるでしょう。12月に「クリスマス会』をやっていただいているお客様は、「あそこはクリスマス会場だ」とね。

 いえいえ、実際は正体不明の貸し会場かもしれません。多分、きっとそれだけ日本人には楽しみが多いのでしょうか。
いろいろな機会を求めて、今日もパティオ伏見のオッサンは、楽しく働くのであります。
   
      (syuji)





  
posted by okumura at 19:35 | TrackBack(0) | 貸会場/貸し会議室

2011年11月18日

面白クラス会 −京都市立西京高校ー

2011年11月3日ー高校のクラス会。私も幹事の一人。

一年半前にクラス会をやったが、その際、「毎年やりましょう」ということになった。
とはいうものの、「ほんとに毎年やるの?」という疑問が沸々とわいてきて、一年後の今春に数名にアンケートをとってみたところ、「今年も逢いたい」という人と、「2〜3年ごとでよい」という人が、ほぼ同数。

しかし、病気が再発した人(女性Oさん)もあり、女性の友人たちからも、「Oさんが出席できる頃に」という声もでて、11月の再会となった。

Oさんとは、メールでその間もやり取りをしていたが、「クラス会に出るために、万全の注意を重ねている」とのことも聞いた。あるいは、前回欠席したが、その時の集合写真を見て、「懐かしく・・」ぜひとも参加したいという、女性のKさんも居た。

また、「その日は人工透析の日だが、もし体調が良ければ、遅くなってもみんなの顔を見にいく」という連絡をくれたのは、男性のK君だ。

このあたりから、なんとしても成功させたいきもちが湧いてきた。

クラス会当日、早めに会場で待っていると、クラスメイトが会場に近づいて来る姿がガラス越しに見える。その表情が、徐々に近づくにつれて、笑顔になってくる。
まだこっちの顔なんて見えてないのに、なにか言いたげな顔である。
関係のない人が見たら、「何をにやけてる」といわれそうな顔。
 
出席は、人工透析のK君を除いて12人。女性のOさんも元気な姿を無事に見せてくれた。
出席のみんなに自前の精巧なパッチワークの、自称「参加賞」まで用意しての登場だった。

彼女のスカートは、男性クラスメイトT君の提供した着物生地を縫った作品である。
さっそく、T君の目の前でファッションショーをやっているじゃないか。

前回出席できなかった女性のKさん、今回は長野県白馬村からの出席である。近づく姿を見て、
親しかった人たちが、駆け寄っていく。ハイタッチ!。感動と喜びの再会である。

私たちのクラスは、総員45名。うち物故者8名・所在不明者9名である。
不幸にして、すでに幽冥境を異にする人もかなり居るなかで、とにかくこうして会えるというのは
幸いなものである。

一次会も終え、館内の二次会場での時間もだいぶ過ぎたが、男性のK君がまだ来ない。
まるで、映画「幸せの黄色いハンカチ」みたいに、まだかまだかとおもっていたら、私の携帯が響いた。

「Kかッ?」「うん」「いま何処?」「玄関にいるよッ」・・・。彼はいた。想像どうりの顔でいた。奥さんが、タクシーで同道されていた。

会場で用意してくれていた車いすにのって、みんなの屯している部屋に連れて入った。

その時から、あまり自分の記憶がないのだけど、多分拍手が起こったような気がする。
彼にとっては、「おくれてきた人」だから、面はゆい妙な気分だったことでしょう。
でもたえず微笑みを浮かべていたようだ。

もっと彼と話す時間がほしかったなあ。

そのうち、あの再発女性とその悪友のクラスメイトで別の女性Oさんが共同戦線で、私に「カラオケをうたえ!」と迫ってきた。
歌は、私によく似た歌手・石原裕次郎の歌でという。

私はいくら頑張っても、ほとんど下手にはうたえないので、「ノーギャラかよ!」というと、なんと再発女性は、「のどのリンパ手術後で、声がほとんど出ない」といっていたくせに、その時だけは平然と、しっかりした声で「お金がほしいの?」とのたまわった。

あまりの迫力に、わたしはお金もほしかったのに、ひたすら我慢をして、裕次郎になりきらざるをえなかった。
「ボケ」にむかってくるときの「つっこみ」の,タイミングを心得た一幕ではありましたね。

恐るべし、クラス会。恐るべし、女ども。

さあまた来年が楽しみだなあ。
 
       (syuji)




posted by okumura at 18:29 | TrackBack(0) | 日記

2011年10月14日

『青春わすれもの』

私の好きな作家のひとりに、「池波正太郎」さんがおられます。

その作品の中でも好きなものは、何度となく読んでいます。しかし読み方が浅いのか、それとも忘れやすいのか、あるいは自分の志向が変化していて、そのために感動する箇所がかわるのか、読むたびにあたらしい印象を得ることができるのは、とても楽しいものです。

最近に再読した『青春わすれもの』の中の一節、お伝えしたい部分をご紹介したいと思います。

昭和13年の春、池波正太郎さんが16歳の時のこと。
彼は東京日本橋の三越によく出かけていた。三越ホールの2階席がよく無料開放されており、その見物に出かけることがよくあった。

そしてこの三越で、生涯忘れえぬ人物に出会う。歌舞伎俳優で15代目の市村羽左衛門である。

なんどか見かけたのちのある日、展覧会場をまわっている羽左衛門氏をみたとき、池波少年は衝動的に万年筆と
手帳をだし、羽左氏の前に進み、「急場のことで、まことに失礼ですが、この手帳へサインをしていただけないでしょうか。
私は、あなたのファンであります」といった。

すると当時、65,6歳の羽左氏は(ほほう・・・)というような顔つきで、詰襟服の池波少年の顔をうちながめ、
「そりゃあ、どうも・・・毎度ごひいきに」さわやかにいってのけるや、かるく頭を下げた。

いささかも少年の彼を軽んずることのない、その態度に、池波少年は興奮するやら冷や汗をかくやら、
手がぶるぶるとふるえはじめたらしい。
「おねがい、します」

「いいけど・・」とちょいとくびをかしげ、
「明後日のいまごろ、ここへ来られる?」
「はっ・・・」
「もしこられるんなら、ちゃんと色紙へ書いたのをさしあげよう」
「き、き、来ます!!」
「じゃ、そのとき」

さて、当日。約束の時刻に、羽左氏があらわれた。
「や、お待ちどお」
羽左氏は、紅梅の一枝を淡彩でえがき、これに{ 羽 }の一字と朱印は{ 十五世 }としたためた色紙を池波少年に渡された。

「どうもありがとうございます。一生の宝にします」
池波少年の眼から、熱いものがふきこぼれてきた。

色紙をもらったうれしさのみではなく、天下の大名優として自他共にゆるしている氏が、みもしらぬ小僧との約束をきちんと守られた、その律儀な、美しい人柄に感動したのである。

このときの感動は有形無形に、現在の池波正太郎氏に尾をひいていて、ともすればゆるみがちになる自分の心を
ひきしめてくれている、とも書いておられる。

「じゃあ、さよなら」と、羽左氏はにっこりとし、色紙のほかに歌舞伎座の一等入場券をそえて渡し、
「これからも、ごひいきに」というや、颯爽と去って行かれたという。

以上の話に、私もとても感動しました。
この逸話のなかには、いくつかの教訓があります。

池波少年の不断の研究熱心さ、礼儀正しさなども感心するほどですが、ここでは「市村羽左衛門丈のあり方」に
素晴らしいものを、感じました。
たしかに、人気商売ですが、それをこえた人間の偉さ・確かさを痛感させてくれました。

私なんか、普段から偉くもないのに、偉そうな態度をとったりしがちです。
あるいはついつい、などと弁解しがちな感情に溺れることが多いですね。

先人のすばらしい行動や心根にふれると、素直にこころが洗われるようです。
また明日から汚れていくのが凡人の宿命ですが、せめて洗濯は何度も繰り返すようにこころがけますよ。
      (syuji)















posted by okumura at 20:33 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年10月08日

月下美人 23年秋

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今年は月下美人の花が6月から10月まで数回咲き夜長の私達の目を

そのかぐわしい香りと共に楽しませてくれました。

花は大きく真っ白であまい香りが部屋中に満ち渡ります。

夜8時頃から咲き始め夜中じゅう咲いているのですが翌朝には

必ず頭をたれてしぼんでいます。

その花をさっと茹でて3杯酢にして食べるとオツな味がします。

季節が終わるとさし芽をして何人かの方がたにもらって頂いたりも

しました。

何と役にたってくれるはなでしょう!!    のりこ
posted by okumura at 00:50 | TrackBack(0) | 日記

2011年09月24日

御園座会館の改築問題

もう1カ月以上も前になるでしょうか。パティオ伏見が入居している「御園座会館」の建て替え問題が新聞各紙一斉に記事になりました。
御園座側が新聞発表したとのことでした。

発表の要点は、「耐震力のある建物にするべく、関係先と協議を開始する。構想の内容や資金計画などは未作成であり、これからの検討課題である。」という内容ですね。

数日後にテナントである私の方に、貸主である御園座から、書面で申し入れがありました。
その内容は、「建物の賃貸契約は、平成25年4月30日までかわしてあるが、それ以降は契約の延長はしない。」ということでした。

つまりパティオ伏見は、「約1年半先までは現契約により入居可能」であるということです。
その後のことは、その時点での協議になるようです。

耐震問題にしても、早く具体化してほしいものです。
計画の詰めは、そう簡単には出来ない筈です。採算力のある計画のまとめ・テナントや近隣などとの
折衝・資金手当て・設計期間など、いくつもの時間のかかる宿題がひかえているでしょう。

日本の経済不況・演劇業界の長期不況など難しい時期です。御園座は中部地区での大切な文化の殿堂の一つであり、なんとしても永続して存続してほしい。
そのためには、関係先が力をあわせて知恵を出してほしいですね。

私は小さな一テナントにすぎないが、協力は惜しまないつもりです。
日本がんばれ。中部頑張れ。御園座がんばれ。
      (syuji)

   

posted by okumura at 16:52 | TrackBack(0) | 貸会場/貸し会議室

2011年08月25日

古い帯からテーブルクロス

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趣味で古い着物から洋服や雑貨品を作ったりもしています。

先日カナダでホームステイする知人から頼まれてプレゼント用の

テーブルクロスを作りました。

1つは帯から長めのランナーを1つは女児のきものから金魚柄のクロス

を作りました。

この古いきものが海を渡るんだと思うと楽しんで作る事ができました。

ステイ先の家庭でも喜んで頂いたようで達成感いっぱいです。

次は娘からの注文で応接間のテーブルに欲しいと言われ今度は赤地に

鼓柄の帯をせっせとほどいている所です。      のりこ
posted by okumura at 19:53 | TrackBack(0) | 日記

2011年08月21日

誤算の送り火?

私の出身地・京都のお盆の年中行事、「五山の送り火」は、いかにも京都らしい穏やか気な行事で、
夏の終わりを静かに告げる、風情のあるものです。今までは・・・・。

今年の騒動は、ほんとうに見苦しい、かなしい展開に終始しましたね。

まず最初の騒動ですが、どうして福島の薪を燃やさなかったのか。放射能がないと検査で確認しておきながら、お断りするなんて、どういう考えだったのでしょう。

今までの慣例で、「全員一致でないと駄目」だったのでしょうか。
心が狭くありませんか。みんなでもっと話し合えば、納得のいく結論が出たはずです。

京都人の心根も、そんなに冷たくない筈です。

第2番目の騒動もですが、「薪の表皮に放射能があった」ので、止めたとのことですが、
前の失態を取り戻すためにも、表皮を取り除く作業をして、あるいは京都から人を派遣してでも
表皮の除去作業をやって、実施できるような気配りをしなかったのは、なぜでしょうね。

あんな大惨禍にみまわれた東北の人たちを、「孤独な気持ち」に追いやりかねない選択は、
間違っているような気がします。

あるいはもっと事情があるのなら、納得できる説明をしないといけませんね。

「故人のみたま」を静かに、敬虔な気持ちで送れるようでありたいものです。

      (syuji)


posted by okumura at 11:53 | TrackBack(0) | 日記

2011年08月09日

ある本を読む。

本今ちょうど私は藤原正彦氏著の『日本人の誇り』を読み終わろうとしている。

比較的乱読タイプで、気の向くままに、雑多な種類のものを読むようになっている。

『ゴルゴ13』などは、たぶん愛読歴40年を超えているだろう。いわゆる「劇画」と呼ばれたものは、
ほかにもいくつか愛読した。この種の本を「読書」とよぶことに抵抗感を覚える人もいるでしょうが、私はそうは思はない。

やはり読んでいて重い・難しい本は、めったに読まないふらふら

何度も何度も、繰り返し読んでいるのは、藤沢周平氏・山本周五郎氏・池波正太郎氏の著作が多い。
小説だけではなく、随筆も好きである。

こういうなかで、『日本人の誇り』は少し重たい部類に入るかもしれないなふらふら

この本の87ページにある文章。

「広島と長崎への原爆や日本中の都市に対する無差別爆撃が、人道上の罪であることは言を俟ちません。」

私がこのブログで書いた同じことが、載っていました。もちろん藤原氏は、より理論的に・史実をまじえて、書いておられました。
日本軍も、より小規模ではあるが中国の「重慶爆撃」で同種の罪を犯したことも。

この本の中で、「現在の思想で、過去の歴史をさばいてはならない」という趣旨の記述があった。
これに関しては、少し疑問符をつけたい。

というのは、原爆にしろ・無差別爆撃にしろ、当時すでに反対していた人がアメリカにもいたのだ。
そして、それらの人の意見を踏み越えて、歴史が動かされたようだ。
そこに人間の判断や過ちや主張や立場が、凝縮された瞬間があったのだ。

これこそが、「人間的歴史」のような気がする。こんな言葉が適当かどうかわからないが、いつも誰かが、その時点で推進しているようだ。

これ以上、回らない頭で書いていると、さらにボロがでるので、これにて1件落着。

     (syuji)











posted by okumura at 20:45 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年07月27日

おいらも行くセミナー!

わーい(嬉しい顔)おいらが好きで利用させてもらっている、『不定期ビジネスニュース』。
珍しいことに、下記のメールが来たぜよ。雷

イベント誰もが感じる「不安」。
それは大切な人やものを失うかも知れないという感情。
それを乗り越える方法があるという。

心理学は自分の心を整えて、自分らしく生きるための学問。
講師は本当に役立つ心理学を持ち帰っていただきたいと、
わざわざ被災地から名古屋まで。

被災地で不安や恐怖と戦う人たちを支え、
東北・関東で圧倒的な支持を得るカウンセラー夫妻の
全身全霊の声を聴けえぇっ!

不定期ビジネスニュース全面バックアップ!

東日本大震災復興支援チャリティーワークショップ
3時間でわかる!!不安を安心に変える心理学
被災地で奮闘するカウンセラー夫婦が全身全霊で伝える3時間

主催:愛の感動応援団「てのひら」
http://cheer-tenohira.com/
日時:7月30日(土)午後2時から午後5時
定員:150人
会場:世界の山ちゃん本丸店4階本丸ホール
   名古屋市中区丸の内2-20-31
参加費:2,000円(収益の一部を震災復興のために寄付)
内容:「何があっても大丈夫な生き方」
    東日本大震災を体験し、見えてくるもの
講師:仙台ハートケアカウンセリングFAITH
   http://www.faith-heart.com/
   心理カウンセラー 朝水久美子・高橋克彦
申し込み方法:
「てのひら」ホームページ
 http://cheer-tenohira.com/
「てのひら」facebookPage
 http://facebook.com/cheer.tenohiraイベント

雷
この男なら間違いはない。俺ならわからないぜ。
そういう付き合いも、世の中にはあるんだ。そういえる自分が幸せなんだね。
いける人は行こうじゃないか。

チャリティーワークショップには私(奥村修ニ)も参加します。
ご都合のつく方は、よろしければご参加ください。
     (syuji)


posted by okumura at 19:12 | TrackBack(0) | 心の響き