2010年06月17日

山小屋のともしびー2)朝食はサラダで

大きな楽しみのひとつは、ベランダで食べる朝食です。喫茶店
朝はパンがお似合いですね。それにサラダがほしいです。レストラン

私は普段は和食党で、パンの回数はすくないのですが、
ここでは、ベランダに大きめの食卓をもちだして、みんなで
食べるのが最高です。

食事のおいしさは、食材や調理する人の腕前によることも多いかもしれませんが、ここでは食事環境が一番かと思ってしまいます。
(街中のレストランでも、テラスでの食事だと乙なものですね。)

シンプルで簡素な食事ですが、大空のスパイスが飛切りの味付けで、食が進みます。

時には虫類も近寄って来ますが、蚊取り線香と団扇が「出入禁止」にしてくれます。

食後は、そのまま読書。木々をぬけてくる涼風に身をゆだねて
静かなひと時。テレビを置いてないので、静謐な時間を過ごすことができます。そして「安価な時間」でもあります。

人それぞれの、自由な時間です。

  (syuji)
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2010年06月15日

山小屋のともしびー1)家族の絆。

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私たち夫婦は、総じて堅実な暮し方をしてきたように思います。
あまり贅沢もせず、いわゆる「コツコツ」とした歩み方を
求めてきました。

ただ、時に思い切った行動に出る特徴もあったなあ。
「別荘」を持ったのもその一つです。本宅もないのに、ローンで
別荘も建てたのです。しかも、30代前半で。

もっとも時代背景が今とはまったく違っています。
土地ブームで、年々地価が大上昇しており、インフレ対策のつもりで土地を買いました。その時点では、「将来は転売しよう」ぐらいに考えていましたね。

折りしも世間は「週休2日制」に舵を大きく切りだしました。
ならば、いっそのこと「生活をエンジョイしよう」と考え、財産保持よりも、自前の別荘を建てることにしました。

現金は無いので、銀行ローンを借りての建築です。
別荘というよりも、山小屋といったほうが良いような建物ですが、
初めての建築です。

月2回ぐらいのペースで、別荘ライフの開始です。

子供たちも本当に喜びました。「明日、別荘へ行きます!」などと学校の作文にも書いたので、先生もさぞ目をひん剥いたことでしょう。
私たちの両親や兄弟なども招待して、ごろ寝です。

特に両親たちは、毎年夏に交互に避暑にきてもらい、一緒に過ごしたのは、忘れられない思い出です。いつも、とても楽しみにしてくれていました。

親たちの世代は、戦争にさらされた世代でした。
特に妻の親たちは、大変な影響を受けていました。

家も空襲で焼かれ、父親は召集を受けたまま、ソ連に抑留され生死不明です。不法に抑留・使役されて、とうとう異境で死を迎えた人の心境は、・・・。胸が煮えくりかえる想いがしたでしょう。


私のほうは、京都市内のため空襲も無く、直接被害はありませんでしたが、食糧難など勿論いろいろな影響はありましたね。

その親たちからすれば、「自分の子が別荘も持って、自分たちも
気楽に毎夏訪れることができる」というのは、大きな喜びであったようです。私たちの想像以上でしたね。

私たちにとっても、ささやかな恩返しにはなったと思います。

本宅をもったのは、だいぶ後になったことを告白しておきましょう。

山小屋も、今はもう年に1〜2度ぐらいしか行けません。
子供たちどころか、孫たちもそろそろ受験期に差し掛かっており、
利用のチャンスが限られてきました。

「家族のきずな」を強める役割が、そろそろ終わりかけてきたのでしょう。
「山小屋のともしび」は、そろそろ「風前の灯」になったのかしらん。

 (続く)
 (syuji)


















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