2014年09月30日

グランフロント大阪

先週1泊で大阪に行きました。
私の生地 夫の学生時代を過ごした地へのお墓参りです。
1泊で京都へはよく行きますが大阪へは3年ぶり位です。
駅前は長らく工事中でしたが 今回目にしたグランフロント大阪は
大阪贔屓の私には目をみはる街になっていました。DSC00201 (640x480).jpg
美しいグラスビルにあたりの風景が映し出されています。DSC00196 (640x480).jpg
京橋の間からかいま見える大阪城は北斎えがく富士の1枚を想わせます。DSC00194 (640x480).jpg
川の水にまた ビルに街まちが映っています。


posted by okumura at 23:50 | TrackBack(0) | 心の響き

2014年04月14日

哲学の道の桜

DSC00088 (640x360) (640x360).jpg

もう2週間になりますが1泊して京都の花見に出かけました。
私達夫婦は旅にでると日頃の運動不足の解消の意味もあって
うんと歩くことにしているのですが この日も四条烏丸の宿を出てから
八坂神社まで歩き 円山公園から 平安神宮へと行きました。、 
3月31日でしたが晴天のポカポカ陽気 桜は前日の風雨から一転
 待ちかねたように満開となっていました。

お昼までにはまだ時間があったのでさらに哲学の道へ回ることになりました。
結構 距離があったので 裏道を歩いたのですが 
そこで私が油断をしてしまいました。
何の障害物があった分けでもないのに スッテンコロリ 
派手に転んでしまいました。
その後 足を引きずりながら ながめた 川沿いの桜は見事でした。

                   のりこ
posted by okumura at 11:38 | TrackBack(0) | 心の響き

2014年03月17日

キーホルダー & 札入れ

P1040016 (640x480).jpg

赤い布でキーホルダーを作りました。 気にいっていたレザーのちょっとした仕掛けのあるのを
何年か持っていたのですが それがこわれたので真似て同じようなのを作りました。
苦心して作ったのですが 出来上がりは機能性があまりパッとせず でも可愛い物として 使って
います。
以前に財布を持たない夫のためにこしらえた 札入れ と共にカメラにおさめました。
                                  のりこ
posted by okumura at 19:11 | TrackBack(0) | 心の響き

2014年01月05日

なばなの里 ライトアップ 富士山

P1030893 (320x240).jpg

年末になばなの里へ出かけました。
夜のライティングアップを見るのが目的でしたが
予想どうり大がかりで 平日でしたが見物客も
大勢いて適当なにぎわいでした。
名古屋市の保養施設 松ヶ島に宿泊したので
温泉も楽しめ まさに 安 近 短の
リラクゼーション旅行でした。
             のりこ
posted by okumura at 12:29 | TrackBack(0) | 心の響き

2013年10月25日

ハローウィン ジャックオーランタン

Jack O Lantern.jpg

この間二女(孫の母親)がやって来るというので 急きょおもいついて家にあったかぼちゃで
作りました。
四日市特産の瓢箪かぼちゃをくりぬいて 中身はパンプキンスープにしました。

不器用な私にしては思いのほか早く不気味なランタンを作る事が出来ました。
posted by okumura at 20:07 | TrackBack(0) | 心の響き

2013年09月16日

破られたホームラン記録。

日本プロ野球のホームラン記録が、やっと破られた。

野球野球野球野球野球

いままで、バース・ローズ・カブレラなど数人の外国人選手にもそのチャンスがあったが、
その当時の日本人監督や選手の「敬遠作戦」によって、そのつどその機会は葬られてきた。

今回のヤクルト・バレンティン選手の場合も、同じ気配が見受けられたが、最近になって野球界の流れも変わり、「勝負する」姿勢になってきた。
その結果、新記録が誕生した。そして、どこまで記録がのびるかという興味が、続いていくようになった。

日本も成長したと言っていいんじゃないでしょうか。

外国人選手を助っ人によんでおきながら、自分たちの勝手で、かれらのチャンスを奪うようなまねは、やめた方が良い。そういうことでは、いい選手も来なくなるかもしれないし、また日本人ピッチャーも真剣な戦いの場から逃げることになり、成長のチャンスをなくすことになる。

グローバリズムを標榜していく以上、日本人の作った記録が破られるのを恐れてはならないでしょうね。

相撲の世界では、かなり前から門戸開放してきた。小錦時代では、まだ不公平な処遇が有ったと思うが、
曙時代から徐々に変化してきた。今やモンゴル出身力士の天下である。

単に横綱という地位だけではなく、「相撲道」というか、人格までが模範となる状態になってきた。

いろいろな世界で、自分たちの目を開いて、次の時代を構築していく気構えが必要みたいですね。

       (syuji)






posted by okumura at 15:08 | TrackBack(0) | 心の響き

2013年06月10日

クジャクさぼてん

P1030790 (640x480).jpg
去年植え替えたさぼてんの鉢の1つに大きな花が咲きました。
5鉢の内2鉢に花がついています。 

6月10日 のりこ
posted by okumura at 12:53 | TrackBack(0) | 心の響き

2012年11月08日

人生に定年はない

先月10月20日、学校の同窓会有志の旅行会で、北陸の永平寺と朝倉氏遺跡を訪れました。バス
日帰り旅行です。天候にも恵まれ、サロンバスで時にお酒を嗜みながらの、たのしい旅路でしたね。ビール

永平寺は久しぶりではありますが、もう5度以上は行きました。
厳しい修行の地ですから、随所でその一端を眺めることもあります。
でも年末に、NHKの『いく年くる年』でよく見る冬の厳しさには程遠い時季なので
気も服装も楽にできるのは、私達一般人には嬉しい季節です。

朝倉氏遺跡は初めての見学でしたが、規模も大きく、復元家屋群も有って、往時をヴィジアルにしのばせるものが有りました。
ガイド(有料)の方の説明も熱心で、うまかったですね。
価値ある遺跡でした。

永平寺で買った冊子『道元禅師からのメッセージ』に、こんなことが書いてありました。

『人生に定年はありません。老後も余生もないのです。
 死を迎えるその一瞬までは人生の現役です。
 人生の現役とは自らの人生を 悔いなく生き切るひとのことです。』

こんな文章も目につきました。

『生まれて死ぬ一度の人生をどういきるか。それが仏法の根本問題です。
 長生きをすることが幸せでしょうか。そうでもありません。
 短命で死ぬのが不幸でしょうか。そうでもありません。
 問題はどう生きるかなのです。』


『ひとの価値は、地位・財産・職業に関係有りません。
 知識・能力だけで 人を評価すると 過ちを招きます。
 知識を生かす心と行いこそ大切です。
 ひとの価値は心と行いから生ずるのです。』


私は仏教徒でもないし、深遠な意味を理解できる能力も有りません。
ただ、普通に読んでみて、とても勉強になりましたね。

ひょっとしたら
「過去とは関係なく、今を・これからをどういう心構えでいきていくか」
これが肝心だということでしょうか。

聖人君子でもない私は、とてもとてもいつも努力・緊張・克己心に満ちていることはできません。
折に触れ、思い起こすことで自分を洗い直し、できたら少しは高められれば、グッドでしょう。

脳の海馬は今なお新しい細胞を生み出していると聞きます。
こちとらも、明日に向かって歩き続けたいものです。

一歩下がっても二歩進むのが青春期・成人期であるとすれば、老年期は下がりっぱなしと
考えがちかもしれません。そんなことはないように思いますね。

人命は有限であっても、経験の深さ・精神の余裕・人脈の広さなどなど、可能性は無限です。
課題や目標は、まだまだ目前に控えているようにみえます。
「いつまでこう言っていられるか」かもしれませんが、「いつまでもこう言えていたい」と
思っています。
      (syuji)


posted by okumura at 02:54 | TrackBack(0) | 心の響き

2012年11月01日

金色のスカート

P1030530 (640x480).jpg

友達にもらった帯地で娘のスカートを作りました。
シンプルな台形スカートなのではじめは簡単かと思ったのですが
柄の組み合わせと分量にわりと気を使いました。

私より若い娘の意見を取り入れたのが功を奏して気に入ったのが出来上がりました。
11月11日地域の文化祭で展示させてもらいます。
                            のりこ
posted by okumura at 18:56 | TrackBack(0) | 心の響き

2012年08月29日

オリンピック賛歌?

       スポーツ     スポーツ     スポーツ
メダリストによる銀座のパレードの盛況は、今年のロンドンオリンピックでの日本国内の盛り上がりを、
そのまま示していましたね。

なでしこジャパンの様に今や日本国内ではメジャーな人気スポーツだけでなく、アーチェリーやハンマー投げ・フェンシングなどのメダリスト達にも、惜しみない拍手が贈られていたようです。

私自身もオリンピック期間中は、日本選手の活躍に胸を弾ませていました。

勝った選手も、負けた選手も、これまでのながい・きつい練習のせいでしょう、涙や歓喜の表情と無縁ではありませんでした。そういう姿が、私たちに感動をもたらすのだと思います。

簡単に取れたメダルであれば、ご本人にとってそれほど感動深いものにはならないことでしょう。

今年の選手達のコメントに特徴的だったのは、「家族やコーチ、スタッフ、そして支援者への感謝の言葉」
であったように思います。また、「チーム同僚への感謝の言葉」も多かったようです。

ひょっとしてこれは、考えすぎかもしれませんが、昨年の東北大地震以降に、大勢の人が感じ始めた「絆」のせいでもあるのでしょうか。

すばらしいことだと思います。

一方で少し首をかしげるのは、メダルの数へのこだわりです。練習の成果を端的に検証できるものの一つには違いありませんが、国粋的な関心に終始するのは避けたいものですね。

それが高じると、「あの国をやっつけてやる」意識が芽生えてきます。第2の因縁の争いに進みます。
それよりも、「好敵手」でありたいですね。

パレードについてですが、メダリスト限定なのも如何なものでしょうか。
武運つたなく敗れ去った人も、選考を経て国の代表選手として戦ってきた人たちです。
メダルの取れなかった選手たちがどう考えるかは聞いてみたいところです。
    (syuji)



posted by okumura at 18:33 | TrackBack(0) | 心の響き

2012年05月13日

恐るべき画家ー渡辺崋山。

昔も今も、恐ろしい人はいるもんですね。

最近読んだ本 『日本人の叡智』(磯田道史氏著)の中に、江戸時代後期の画家 渡辺崋山についての記述があった。本

画家でありながら蘭学にも通じ、また『商人八訓』という商業心得まで残しておられたそうな。

「1.まず朝は召使より早く起きよ。
 2.十両の客より百文(匁)の客を大切にせよ。
 3.買い手が(商品が)気に入らず返しに来たらば、売るときより丁寧にせよ。
 4.繁盛するに従ってますます倹約をせよ。
 5.小遣いは一文よりしるせ。
 6.開店の時を忘れるな。
 7.同商売が近所にできたら懇意を厚くし互いに励めよ。
 8.出店を開いたら三ヵ年は食料を送れ。」

この八訓の中には、いくつかの素晴らしいエキスが入っているような気がしてなりませんね。

私(奥村)の独断で解釈をしてみますが、たとえば2番。「十両の客より百文(匁)の客を大切」というのは、多分一過性の高額な買い物をする客よりも、少額でも真面目に必要なものを買ってくれる客のほうが
永いお取引が期待できるのだということだと思います。

私たちはえてして、派手な業績アップを追いがちですが、商売道の本筋は決してそうではないようです。
サラリーマンの出世競争にも通じる話ですね。

7番にしても、随分と大きな視野ですね。切磋琢磨して、自己の向上を図るほうが繁栄の秘訣だということなんでしょうね。

渡辺崋山は、幼時より極貧に苦しんでいたらしいですが、その苦労は決して無駄ではなかったようです。
苦労の中から、教訓というダイヤモンドを磨き出せるか否かは、その人それぞれにかかっているんですね。

昔からのことわざにいわく 「売り家と 唐様でかく 三代目」。

無理せず・あせらず・着実に努力していくのが一番のようです。自戒・・自戒・・自戒・・。

     (syuji)




 
posted by okumura at 15:00 | TrackBack(0) | 心の響き

2012年03月09日

NHK『プロフェッショナルー仕事の流儀』

確か毎週月曜日の午後10時からNHKで放映される、『プロフェッショナルー仕事の流儀』を観て、
自分の観察眼の浅さに気がついた。

それは、決して著名ではないがプロとして素晴らしい業績をあげてこられた人たちを描いたレポート番組でした。それぞれが、人生で印象に残っている言葉を伝えておられた。

その時出演した一人で、訪問看護師の女性がおられた。彼女は自宅で終末期を迎えている男性患者の訪問看護を担当しておられた。その男性は寡黙で、何かをしょい込んだ暗さがひしひしと見受けられたらしい。

その男性が以前は「登山」が好きだったので、それになぞらえて、「そろそろ下り坂にさしかかっているのだから、少し肩の荷を下ろされたらどうですか。」と話してみた。

そのとき彼は、普段はほとんど話さない人なのに、小声で「まだ登っている。」と答えた。
彼女は心の中で、「ああこの人は、こう考えているんだ」と思ったといっていた。
「まだ登っているんだ。」と。

テレビでの彼女の話をきいて、私は「この人は前向きな人だなあ」と単純にうけとめた。
私自身も『人生はいつもこれから』を座右の銘にしているので、同じだなあくらいにおけとめた。

しかし日をおいて何度も頭に浮かんでくるその言葉をよくよく考えてみると、とんでもなく浅い理解をしてしまったみたいだ。
彼には妻やまだまだ幼い家族がいた。「死んではいけない、死んでたまるか。まだまだ生きねばならない。」という魂の叫びであり、できることなら生かしてほしいという思いもあったに違いない。
だからこそ、「暗さ」がそとににじみ出ていたのだろう。吹っ切れていれば、そうにはならないだろう。
 家族への愛・責任感。本当に苦しかったのでしょう。

結局は死を迎えることになったが、彼の言葉は、その看護師の胸中に「そういう考えをする人もいるんだ」という感想を釘づけにした。彼女からはそれ以上の説明はなかったように思う。

看護師の観かた、私の観かた、もっと他の観かた。彼の本心。
どれが正しいでもなく、・・・・。

     (syuji)


posted by okumura at 20:33 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年10月14日

『青春わすれもの』

私の好きな作家のひとりに、「池波正太郎」さんがおられます。

その作品の中でも好きなものは、何度となく読んでいます。しかし読み方が浅いのか、それとも忘れやすいのか、あるいは自分の志向が変化していて、そのために感動する箇所がかわるのか、読むたびにあたらしい印象を得ることができるのは、とても楽しいものです。

最近に再読した『青春わすれもの』の中の一節、お伝えしたい部分をご紹介したいと思います。

昭和13年の春、池波正太郎さんが16歳の時のこと。
彼は東京日本橋の三越によく出かけていた。三越ホールの2階席がよく無料開放されており、その見物に出かけることがよくあった。

そしてこの三越で、生涯忘れえぬ人物に出会う。歌舞伎俳優で15代目の市村羽左衛門である。

なんどか見かけたのちのある日、展覧会場をまわっている羽左衛門氏をみたとき、池波少年は衝動的に万年筆と
手帳をだし、羽左氏の前に進み、「急場のことで、まことに失礼ですが、この手帳へサインをしていただけないでしょうか。
私は、あなたのファンであります」といった。

すると当時、65,6歳の羽左氏は(ほほう・・・)というような顔つきで、詰襟服の池波少年の顔をうちながめ、
「そりゃあ、どうも・・・毎度ごひいきに」さわやかにいってのけるや、かるく頭を下げた。

いささかも少年の彼を軽んずることのない、その態度に、池波少年は興奮するやら冷や汗をかくやら、
手がぶるぶるとふるえはじめたらしい。
「おねがい、します」

「いいけど・・」とちょいとくびをかしげ、
「明後日のいまごろ、ここへ来られる?」
「はっ・・・」
「もしこられるんなら、ちゃんと色紙へ書いたのをさしあげよう」
「き、き、来ます!!」
「じゃ、そのとき」

さて、当日。約束の時刻に、羽左氏があらわれた。
「や、お待ちどお」
羽左氏は、紅梅の一枝を淡彩でえがき、これに{ 羽 }の一字と朱印は{ 十五世 }としたためた色紙を池波少年に渡された。

「どうもありがとうございます。一生の宝にします」
池波少年の眼から、熱いものがふきこぼれてきた。

色紙をもらったうれしさのみではなく、天下の大名優として自他共にゆるしている氏が、みもしらぬ小僧との約束をきちんと守られた、その律儀な、美しい人柄に感動したのである。

このときの感動は有形無形に、現在の池波正太郎氏に尾をひいていて、ともすればゆるみがちになる自分の心を
ひきしめてくれている、とも書いておられる。

「じゃあ、さよなら」と、羽左氏はにっこりとし、色紙のほかに歌舞伎座の一等入場券をそえて渡し、
「これからも、ごひいきに」というや、颯爽と去って行かれたという。

以上の話に、私もとても感動しました。
この逸話のなかには、いくつかの教訓があります。

池波少年の不断の研究熱心さ、礼儀正しさなども感心するほどですが、ここでは「市村羽左衛門丈のあり方」に
素晴らしいものを、感じました。
たしかに、人気商売ですが、それをこえた人間の偉さ・確かさを痛感させてくれました。

私なんか、普段から偉くもないのに、偉そうな態度をとったりしがちです。
あるいはついつい、などと弁解しがちな感情に溺れることが多いですね。

先人のすばらしい行動や心根にふれると、素直にこころが洗われるようです。
また明日から汚れていくのが凡人の宿命ですが、せめて洗濯は何度も繰り返すようにこころがけますよ。
      (syuji)















posted by okumura at 20:33 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年08月09日

ある本を読む。

本今ちょうど私は藤原正彦氏著の『日本人の誇り』を読み終わろうとしている。

比較的乱読タイプで、気の向くままに、雑多な種類のものを読むようになっている。

『ゴルゴ13』などは、たぶん愛読歴40年を超えているだろう。いわゆる「劇画」と呼ばれたものは、
ほかにもいくつか愛読した。この種の本を「読書」とよぶことに抵抗感を覚える人もいるでしょうが、私はそうは思はない。

やはり読んでいて重い・難しい本は、めったに読まないふらふら

何度も何度も、繰り返し読んでいるのは、藤沢周平氏・山本周五郎氏・池波正太郎氏の著作が多い。
小説だけではなく、随筆も好きである。

こういうなかで、『日本人の誇り』は少し重たい部類に入るかもしれないなふらふら

この本の87ページにある文章。

「広島と長崎への原爆や日本中の都市に対する無差別爆撃が、人道上の罪であることは言を俟ちません。」

私がこのブログで書いた同じことが、載っていました。もちろん藤原氏は、より理論的に・史実をまじえて、書いておられました。
日本軍も、より小規模ではあるが中国の「重慶爆撃」で同種の罪を犯したことも。

この本の中で、「現在の思想で、過去の歴史をさばいてはならない」という趣旨の記述があった。
これに関しては、少し疑問符をつけたい。

というのは、原爆にしろ・無差別爆撃にしろ、当時すでに反対していた人がアメリカにもいたのだ。
そして、それらの人の意見を踏み越えて、歴史が動かされたようだ。
そこに人間の判断や過ちや主張や立場が、凝縮された瞬間があったのだ。

これこそが、「人間的歴史」のような気がする。こんな言葉が適当かどうかわからないが、いつも誰かが、その時点で推進しているようだ。

これ以上、回らない頭で書いていると、さらにボロがでるので、これにて1件落着。

     (syuji)











posted by okumura at 20:45 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年07月27日

おいらも行くセミナー!

わーい(嬉しい顔)おいらが好きで利用させてもらっている、『不定期ビジネスニュース』。
珍しいことに、下記のメールが来たぜよ。雷

イベント誰もが感じる「不安」。
それは大切な人やものを失うかも知れないという感情。
それを乗り越える方法があるという。

心理学は自分の心を整えて、自分らしく生きるための学問。
講師は本当に役立つ心理学を持ち帰っていただきたいと、
わざわざ被災地から名古屋まで。

被災地で不安や恐怖と戦う人たちを支え、
東北・関東で圧倒的な支持を得るカウンセラー夫妻の
全身全霊の声を聴けえぇっ!

不定期ビジネスニュース全面バックアップ!

東日本大震災復興支援チャリティーワークショップ
3時間でわかる!!不安を安心に変える心理学
被災地で奮闘するカウンセラー夫婦が全身全霊で伝える3時間

主催:愛の感動応援団「てのひら」
http://cheer-tenohira.com/
日時:7月30日(土)午後2時から午後5時
定員:150人
会場:世界の山ちゃん本丸店4階本丸ホール
   名古屋市中区丸の内2-20-31
参加費:2,000円(収益の一部を震災復興のために寄付)
内容:「何があっても大丈夫な生き方」
    東日本大震災を体験し、見えてくるもの
講師:仙台ハートケアカウンセリングFAITH
   http://www.faith-heart.com/
   心理カウンセラー 朝水久美子・高橋克彦
申し込み方法:
「てのひら」ホームページ
 http://cheer-tenohira.com/
「てのひら」facebookPage
 http://facebook.com/cheer.tenohiraイベント

雷
この男なら間違いはない。俺ならわからないぜ。
そういう付き合いも、世の中にはあるんだ。そういえる自分が幸せなんだね。
いける人は行こうじゃないか。

チャリティーワークショップには私(奥村修ニ)も参加します。
ご都合のつく方は、よろしければご参加ください。
     (syuji)


posted by okumura at 19:12 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年07月21日

なでしこ、感動。

素晴らしい、真実のドラマであった。スポーツ

日本の女子サッカー選手たちの戦いぶりは、見ていて心揺り動かされるものが有った。

リードされてもあきらめない執着力。
少ないチャンスをいかせる決定力。
みんなで一つになって攻めていく団結力。
小さな身体でも、くらいついていく闘争精神。

本当に美しかった。諸外国の人達もほめる筈ですね。

選手たちだけではなく、監督・コーチ・各種スタッフ達もふくめた全員サッカーがうみだした、
素晴らしい結果である。結果はいつもついてくるとは限らないだけに、とてつもなくうれしい数日間であった。

選手たちや関係者にとっては、数日間の出来ごとではなく、ながい努力の総集編であったろう。
そしてこれが完結編ではなく、まだまだつづく道なのだ。

このガンバリズムが、たとえば大相撲になぜ見られないのか。

外国から来た力士たちが、言葉のハンディものりこえて、立派にがんばっている。
モンゴルから来た人たちは、体格も日本人とは変わらない。朝青龍、日馬富士など、身体は小さいぐらいだ。

それを補っているものこそ、なでしこ精神につうずるガンバリズムであろう。

私は、トヨタ自動車のことが象徴的に頭に浮かんできた。みんなのひたむきな努力が、今の地位をかちとったのだろう。忘れてはいけない。道は、目の前に有るのだ。

努力こそ、奇跡の種であり、未来を約束してくれるもののような気がする。

なでしこ達よ、ありがとう。
     (syuji)




posted by okumura at 01:51 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年06月23日

おひさま のように。

人気のあった連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』以来、引き続いて毎朝なるべくテレビ小説をみるのを日課のようにしています。

いまは『おひさま』です。太陽のようにあかるい女性を主人公にした物語。
太平洋戦争のさなかにも、くじけず頑張っていく姿が描かれています。

私の年代よりも10数年うえの世代の話ですが、ここ数日は東京から空襲を避けて田舎に疎開してきた幼い姉妹が、東京に残った両親を空襲で失ってしまう、つらい場面です。

いまの世代の若い人たちは、疎開とか空襲とかいっても、ピンとこないはずですね。
私は5歳で終戦を迎えた年令なので、いろいろな体験もあるんですよ。

例えば4歳上の兄は、「学童疎開」といって、小学校上級学年ぐるみの集団で、山奥のお寺へ集団避難しました。
当時の写真も数枚残っていますが、みんなが手足もガリガリに痩せています。

幸いにして、京都に生まれ住んでいたので、結果としては大した爆撃にあうこともなかったです。
他の都会に比べれば平穏だったといえるでしょう。

私の妻は大阪の生まれ育ちなので、とても大変だった筈ですね。
米軍・連合国軍の爆撃で、家財も全部やかれました。
日本のほとんどの都市が、大空襲をうけ、多数の人命と財産・生活を奪われたのです。

わたしは夏になるといつも、空襲にたいする怒りがより強くこみあげてきます。

木造家屋を狙って、焼夷弾で大量かつ広範囲に投下して、都市部を焼き払う攻撃。
無防備な民間人をねらった攻撃です。

このような非道な攻撃が、繰り返し繰り返しおこなわれました。
原爆の悲劇もつらく恐ろしいものですが、この「空襲」も負けず劣らずです。
有名な「東京大空襲」といわれるものは、一日での死者数が約10万人です。

先ほどのテレビドラマのようなケースもたくさんあったに違いありません。
終戦後に孤児の収容施設をドラマの題材にした『鐘の鳴る丘』など、今も記憶に残っていますね。

日本もこの戦争の際には、外国で大なり小なりの野蛮な攻撃をしたようです。

戦争は、人類が永い歴史の中で培ってきた理性をはかいして、凶暴な野生とエゴの塊にしてしまうようです。

「戦争には真の勝利者はいない」ともいいますが、戦争はたえず世界のどこかで・いまも行われています。
凶暴な指導者もいますね。

ではどうするか。一挙に解決する方策が見いだせないなら、少しずつ着実に反戦への動きを進めるしかないように思いますね。

どの道が一番よいのか、一番早く平和な世界に到達できるのか、政治家にいくつかの道筋を明示しておらったうえで、国民的な議論をすることが必要だと思いますね。
      (syuji)
















posted by okumura at 12:13 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年04月30日

原発事故に思う。

今回の東日本大震災に付随して起こった「福島原発事故」について、腹立たしい思いで一杯です。

特に原子力関係の学者・東電の原発関係者・原発担当の官僚達・そして推進した政治家に対してです。
原子力に対する知識と組織をもち、それによる収入も得ていた人達に対してです。

あれほど「万全」とか言っていましたが、リスクの読み方の未熟さ、建設後の改善改良の努力不足。
大変なモンスターを誕生させ、抱え込んでいる危険認識が、まったく不足していたようですね。

地震のマグニチュードだって、決して世界史上最大ではない。同率5位ぐらいのようだ。
しかも、最近だって世界に大きな地震が既に勃発している。それからくる真剣なチエックをしたとは思えません。

例えば、既に言われているように、なぜ非常用の発電機を地下に用意したのですか。
また今までそのままにしておいたのですか。
甘く見たのだろうか。金がかかるからでしょうか。

今あなた達のために、故郷を傷つけられ、職場(農業や漁業や、いろいろの仕事)も失う人達が
できてしまいました。

世界における日本の信用までも、あなたたちは傷つけたようです。

体も放射線で蝕まれる恐れを抱えてしまったのでしょうか。

人は怠けたり、甘く考えたり、ときにはこずるい考えに流されることもあります。
あのモンスターを作り出すとき、そんなことまでも考えてくれはしなかったですね。

建設時点の甘さのみならず、その後の継続する怠慢が、今日の悲劇を生んだようですね。

とりあえずは猛省を促すしか、ないのでしょうか。

    (syuji)




posted by okumura at 17:50 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年03月28日

人はやさしくなった。

だいぶ以前からある、著名なハードボイルド作家の有名なフレーズですが、
 「人はたくましくなければ、生きてはいけない。
  やさしくなければ、生きていく資格はない。」

今回の日本の大地震で、多くの人達が、とても優しくなったような気がします。
諸外国のひとたちも、一斉に支援の意思表示をしてくれており、嬉しい限りです。
国内政治もしばらく休戦にはいりましたね。

とてつもない悲劇に比べれば、無力に見えるかもしれませんが、地球人が原点にもどりかけている
ところでもあります。

世の中そんなに甘いものではないし、すぐにエゴと我欲の修羅場に戻る可能性大ですよね。

しかし実例にそって考えてみよう。

実例とは、この日本です。

長い歴史を紐解かなくても、太平洋戦争で多くの命・家族・財産・職場・プライドなど、
様々なものを失いましたよね。

それが、「安かろう・悪かろう」の時代を経て、同じ昭和の時代に、
世界第2位の経済力を保持し、「技術の信頼性・個人の品格の信頼性」などについては、
おそらく多分世界第1位のところまで、来ていたように思います。

それはみんなが、それぞれの持ち場で、家族のために・会社や仕事のために、必死で働いた成果
だと思いますね。教育の成果もあるでしょう。身に着いてきたんですね。

私はこの「大地震」という難局にさいして、「たくましさ」をもう一度、思い起こす必要があると思います。

しかし、やさしさとたくましさを繰り返すのではなく、「序・破・急」という言葉もご存知でしょう。目指すものは、『癒し系のゴリラ』でしょうか。

前述の「日本人の信頼性」についてだって、まだまだ不十分です。ほんの一例ですが,
「組織の信頼性」にかんしては、きわめて未熟です。企業のエゴを優先しがちです。

今だって、例えば原発問題での電力会社の対応、プロ野球におけるセリーグのオーナー達の対応など、納得のいかないことが多くありますね。

その他謙虚に改善をなんども塗り重ねながら、みんなで元気に逞しく、「新しい社会を世界に
指し示したい」ものです。

どこまでやれるか、わかりませんが、ここまで頑張ってきた日本。さらなる成長をめざそう!
くじけてたまるか!
  (syuji)









posted by okumura at 18:01 | TrackBack(0) | 心の響き

2011年03月14日

がんばろう!ニッポン。

ブログに他の記事を投稿すべく格闘中に、史上最大の地震が到来した。
机についた右腕から来る微かな震え。

異様に感じて、すぐ傍の草花を見ると、揺れている。

急いでTVをつけた。と同時に、地震速報のニュース画面と警報が鳴り響いた。
信じられないような津波の情報があったように思う。

今こうして3日も経過しても、消息不明の人の多いこと、多いこと。

すべての放送が、地震に集結し、画面の恐ろしさに、我を忘れる感あり。
「映画のようだった」という目撃者の言葉は、現実ではなく、空想の世界のように
思ってしまうほどの、夢幻の恐怖の世界であったのでしょう。

そして過去の地震にはなかった、原発事故の恐怖。
素人には分からない。政治家は情報隠しをしているかもしれない。学者のスタンスも
よくわからない。

この、安定した・信頼できる人間性の・まじめな・高度の技術力がある・有数の国、日本。
自然の威力と、人間の傲慢さを知らされたのだろうか。

諸外国が、「日本を助けよう!」といろいろな支援を打ち出してくれている。

この動き・感性こそが、世界の将来の希望の星である。

私たちがしっかりと、まず被害者を支援し・いわゆる「ふんどしを締めなおして」毎日を
歩むことが課題のような気がします。
     (syuji)









posted by okumura at 18:38 | TrackBack(0) | 心の響き