2013年01月05日

新年おめでとうございます。

2013年になりました。明けましておめでとうございます。雪雪雪

政治の世界も、民主党から自民党へと政権も変わり、今年はまた新しい展開がありそうです。
株価や円価も変化を見せ始めています。

私自身は、昨年12月半ばから体調を崩しました。病院いわゆる「鬼のかく乱」というやつで、
珍しいことでした。どうも「ストレス性の潰瘍」だったみたいで、かなり体内出血したせいで、
赤血球やヘモグロビンが半減していました。

ために酸素の供給量が不足して、息切れがしやすい状態でした。
医師からも「安静」をいわれたので、体力を温存しながら、仕事を消化していました。

もう大丈夫ですが、大事をとって無理をしないようにしています。
動作もうんと楽になりましたね。

今年3月下旬の移転のために、内装設計や家具類の手配など、いろいろな仕事が控えていますが、
上手にこなしていく積りです。
     (syuji)





posted by okumura at 00:53 | TrackBack(0) | 日記

2012年10月04日

彼岸花

 小津安二郎監督の作品で、こういう著名な映画があったように思う。映画
作品の内容はうっすらと憶えているが、人に語るほどには至らない。残念!

 私の彼岸花は、草花である。お彼岸の前後にまたたく間に群生し、
またたく間に消えてしまう。今年は、遅めにやっとさき、急ぐように往ってしまった。

 いつもの散歩道に、あでやかというか・やや毒々しいというか、
かってに曼珠沙華な姿をみせてくれる。はではでしい姿であるが、
少しばかり寂しげなよそおいをしているようだ。

花開くのを待たせるのは、自分にとっては「月下美人」と『彼岸花』かもしれない。
皆さんには、どんな草花があるのでしょうか。
 (Syuji)
posted by okumura at 18:13 | TrackBack(0) | 日記

2012年06月22日

うつむく人々

世の中、うつむいている人がとても多くなってから、もうどれぐらい経っただろうか。

座ってうつむいている人、立ってうつむいている人、うつむいて歩いている人。

その共通項は、「携帯携帯電話」である。

あまりに埋没し過ぎではないでしょうかね。

歩いている人なんか、斜めに歩いてぶつかってくる人も多い。その人が若い女性なら、わーい(嬉しい顔)これだが、、
むくつけき男性だと、もうやだ〜(悲しい顔)とんだ交通事故でっせ。
時々は前方をチエックしてもらいたいな。

通勤ラッシュ時に、階段を降りながら携帯メールを視ている人もいる。
大層危ない行為ですね。足を踏み外したりしたら、大変です。病院

「自分は大丈夫。転んだりはしない」なんて思っていると、とんでもないこと。
私自身、3か月ほど前のことですが、下りの階段で足を踏み外して、手をついてしまった体験が、人生で初めてありましたね。幸いほかに人がいないときだったので、カッコ悪いだけですみましたが・・。

アッ、そういえば昨日、50歳ぐらいの男性が足を踏み外して、階段を転げんばかりに降りて行った場面も目撃した。
これは携帯が原因ではなかったようだが。過信は禁物ということ。

危険予知能力が劣化していませんかね。最低、他人に迷惑をかけないように自然に気を配れる感性をもちたいです。

「携帯」というちいさなボックスに入り込むのでなく、道具として活用してほしいです。

    (syuji)



posted by okumura at 10:47 | TrackBack(0) | 日記

2012年02月03日

女優・随筆家ー高峰秀子さんの言葉

いわば「昭和の大女優ー高峰秀子さん」の随筆を初めて読んだ。
後年は随筆家としても著名であったようだが、女優としての業績は圧倒的なものでした。

子役から始まって、ずーっと第一線で活躍されていたのは、私も承知している。

高峰さんは、画家の梅原龍三郎さんや小説家の谷崎潤一郎さん、哲学者の谷川徹三さんなどのご夫妻とも
親しく交際されて居られたらしい。

随筆「にんげんのおへそ」の中に、「それぞれご夫妻が、高齢にもかかわらずボケたりせずに居られるのは、『絶え間のない緊張感』のせいであるのに気が付いた」という旨の記述がありました。

その表現は、あまりうれしくない表現のように感じてしまいますが、勝手に言い方を変えてみますと、
「普段の向上心」であったり、「普段の好奇心」であったりするのでしょうか。

夫婦の間も、隣人との間も、あるいは天候や自然風景など万物との関係においても、研ぎ澄まされた感受性
で張りつめられていたのでしょうか。琴線のような緊張感とでもいうような・・・。

私のような凡人は、そうそういつも張りつめてはいられないし、「ボットぬけている」時のほうがはるかに多い。大体、結婚生活自体が、緊張を求めるよりも、心の落ち着きや家族愛を求めて始まっています。
だからこそ、いろいろな方との会話や交流の機会を持つ必要があるのかもしれない。
そうすれば、自然と相手が教えてくれるようです。

安穏と緊張は、対立するものに見えて、しかしそうではないようです。
より高度なものに、練りすまされていくのでしょうか。
人生は、いつも勉強ですね。
     (syuji)












(続く)
posted by okumura at 20:14 | TrackBack(0) | 日記

2012年01月21日

新年初の訃報ー同期逝く。

1月20日、今年初めての訃報を受けた。
会社同期で、今は東京にいたK君だった。享年72才。
肺がんで闘病中とは知っていたし、2010年11月のT君の、告別式でも逢った人物である。

その時、「抗がん剤を服薬中」だが、「今は自分の体調が良いので、告別式に出席した。」と言っていた。

その後の彼の病状は知らないでいたが、気がかりではあった。
今回の死因については聞いていないが、おそらく肺がんに起因するものに違いない気がする。

昔の人よりも、医学や健康診断などのお蔭で、私たちは随分と長生きできるようになった。
いろんな方々に感謝しなければならない。

誰しもいつか別れに直面することは覚悟のうえであるが、より長く・より健やかに生きていたいのは人情である。逝く人もさびしく、送る人も悲しく、その瞬間を迎えるのは仕方がないと思う。

ただ死ぬ近辺の年月において、充実した生活を送ることができていれば、寂しさや悲しみは、少しは薄らいでくれるのだろうと期待する。

    (syuji)


posted by okumura at 21:41 | TrackBack(0) | 日記

2012年01月16日

今年は苦難に打ち克っていく年

新しい年になりました。
昨年は、近年未曾有の災害に見舞われました。その傷跡も消えるどころか、放射能を中心としたあたらしい問題が発見されたりして、まだまだ、気を抜く状態ではありません。

しかし今年は、具体的に問題を逐次解決し、少しずつ新しいステップに向けて進むべき年にしなければなりません。諸外国の人達の力も借りながら、日本人の「ど根性」と「科学的推進力」で、不死鳥の存在を世界に見てもらう第一歩にしたいものです。

泣き言をいっていても問題は解決しません。問題は、問題に具体的にメスを入れてこそ、曙光が見えてきます。
過去の日本の高度成長も、人々の「努力と叡智」で、勝ち取って来ました。
老若男女、力を合わせて、一歩一歩進みましょう。


   晴れ晴れ晴れ晴れいつも、未来は頑張る人たちのものです。晴れ晴れ晴れ晴れ

            (syuji)
posted by okumura at 23:57 | TrackBack(0) | 日記

2011年12月07日

紅葉回廊を往く (南禅寺〜永観堂〜哲学の道)

11月30日と12月1日。ポッカリと体が空いた。

「そうだ京都、行こう。」

懐かしいフレーズを思い起こしながら、1泊どまりで紅葉を鑑賞に行くことにした。
以前から気になっていながら、踏み入れていない「永観堂」がメインテーマだ。
多分、単体としては京都屈指の紅葉の名所であろう。

P1030173 (640x480).jpg

P1030180 (640x480).jpg

平日の11時頃で、すでに南禅寺は賑わいを呈していた。
なかなかシャッターチャンスを捉えられない。
それだけ人の姿が多い。いいところほど、人がうろうろとしている。
どうにかしたいが、私もそう思われているに違いない。

南禅寺は、いままで何度も数えきれないぐらい来ているところ。
庭を眺めながら「湯豆腐」をたべたり、いまや著名になってしまった水路閣の上を
さんぽしたり・・・・。
若い頃(オッと今も若いが)、無料地域が広いので、ほとんどそこを専門に徘徊してきた。
オールシーズン楽しめるところ。



永観堂は寺域は結構広いようだが、徴金所までの距離がすぐなので、学生時代にはあまりご縁がなかった。
さすがに「紅葉の名所」として、抜群の著名度があるだけに、早めの時間にもかかわらず、切符売り場に人が列を作っている。

お坊さんが、いわゆる切符切りに活躍しておられた。これは好感が持てる光景である。
何によらず修行でしょうから、奥に引きこもらずにわれわれ庶民と触れ合うのは、いいなあ。

やはり「紅葉づくし」である。

P1030199.JPG

もう飽きたな、と言いたいぐらい。
さすが、でした。

門前のうどんやで、昼食。わたしは懐かしの「木の葉丼」。妻は「にしんそば」。
しもたや風のところが好い。いかにも「名物ですよ」って感じがあると、気持が抵抗しますね。
格式を重んじたり、講釈のおおい食事は、気が休まらない。

私は京都市中の下町に育った。近くに普通のうどん屋があって、子供の頃にしばしば出前をしてもらって、食したが、それはそれは美味いものだった。

思い出は、それだけで美味なのかもしれないので、比較はやめておこう。


そろそろ「哲学の道」にさしかかる。哲学者の西田幾多郎さんのゆかりの名所だが、当時なら風情もあろうが、今は哲学どころか、おちおちよそ見もできないぐらい、銀座通りである。

P1030203.JPG

でも飽きのこない風景が、そこかしこに目をやすませてくれる。
また周辺には、多くの寺院や史跡があり、人気があるのもうなづける。だって僕ちゃんもなんどもなんども来てるんだもの。

随分と、歩いたな。まだ行こう。同じ道を引返すのも芸がない。
ということで、白河通付近を、入り込むように静かな道を戻っていった。

この日は合計で25,000歩いたわけだが、少しも疲労感がない。おいら、多分若いんだろうね。

さて新京極に到着した。お目当ての某所が開店するまで、まだ時間がある。
こんな都心に、すごいものがあるのを発見したのは、ほんの3週間ぐらい前だった。そこへ行こう。

誠心院.jpg

和泉式部ってご存知ですよね。近所のおばちゃんでしたっけ?
平安時代に行けば、「AKB48」の多分ナンバー2ぐらいらしい。恋多き女だってね。

彼女が初代住職をした寺院が、新京極のどまん中にあったんですよ!誠心院です。和泉式部のお墓と歌碑、娘さんの小式部内侍の歌碑もありました。小倉百人一首に、こんな歌がありましたね。

百人一首.jpg

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな (和泉式部)

大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立 (小式部内侍)
   ーーこの歌は私の幼年時代の、百人一首遊戯での得意札でもありました。

今まで無数に訪れていた京都・新京極の喧噪のなかに、しずかに佇む文化遺跡。学校で習った現物が、千年後の今に自分の目の前にある。記憶に残る興奮でした。

さあ夕食。近くの錦市場の中にあるお目当ての居酒屋「嘉ねた」に直行。

目立たない店だが、料理もおいしく、いい酒も置いて有るわりに、お値打ちで気に入っている。
グラス単位で呑ませてくれるので、「森伊蔵」なども手に届く値段である。妻もお気に入りだ。

来るお客も上品な感じで、私達がひょっとして一番下品かも・・・・ね。

(翌日は、さらに嵐山に紅葉見物に行ったのだが、以下は機会が有れば続編として書き込みたい)

      (syuji)
posted by okumura at 13:55 | TrackBack(0) | 日記

2011年11月18日

面白クラス会 −京都市立西京高校ー

2011年11月3日ー高校のクラス会。私も幹事の一人。

一年半前にクラス会をやったが、その際、「毎年やりましょう」ということになった。
とはいうものの、「ほんとに毎年やるの?」という疑問が沸々とわいてきて、一年後の今春に数名にアンケートをとってみたところ、「今年も逢いたい」という人と、「2〜3年ごとでよい」という人が、ほぼ同数。

しかし、病気が再発した人(女性Oさん)もあり、女性の友人たちからも、「Oさんが出席できる頃に」という声もでて、11月の再会となった。

Oさんとは、メールでその間もやり取りをしていたが、「クラス会に出るために、万全の注意を重ねている」とのことも聞いた。あるいは、前回欠席したが、その時の集合写真を見て、「懐かしく・・」ぜひとも参加したいという、女性のKさんも居た。

また、「その日は人工透析の日だが、もし体調が良ければ、遅くなってもみんなの顔を見にいく」という連絡をくれたのは、男性のK君だ。

このあたりから、なんとしても成功させたいきもちが湧いてきた。

クラス会当日、早めに会場で待っていると、クラスメイトが会場に近づいて来る姿がガラス越しに見える。その表情が、徐々に近づくにつれて、笑顔になってくる。
まだこっちの顔なんて見えてないのに、なにか言いたげな顔である。
関係のない人が見たら、「何をにやけてる」といわれそうな顔。
 
出席は、人工透析のK君を除いて12人。女性のOさんも元気な姿を無事に見せてくれた。
出席のみんなに自前の精巧なパッチワークの、自称「参加賞」まで用意しての登場だった。

彼女のスカートは、男性クラスメイトT君の提供した着物生地を縫った作品である。
さっそく、T君の目の前でファッションショーをやっているじゃないか。

前回出席できなかった女性のKさん、今回は長野県白馬村からの出席である。近づく姿を見て、
親しかった人たちが、駆け寄っていく。ハイタッチ!。感動と喜びの再会である。

私たちのクラスは、総員45名。うち物故者8名・所在不明者9名である。
不幸にして、すでに幽冥境を異にする人もかなり居るなかで、とにかくこうして会えるというのは
幸いなものである。

一次会も終え、館内の二次会場での時間もだいぶ過ぎたが、男性のK君がまだ来ない。
まるで、映画「幸せの黄色いハンカチ」みたいに、まだかまだかとおもっていたら、私の携帯が響いた。

「Kかッ?」「うん」「いま何処?」「玄関にいるよッ」・・・。彼はいた。想像どうりの顔でいた。奥さんが、タクシーで同道されていた。

会場で用意してくれていた車いすにのって、みんなの屯している部屋に連れて入った。

その時から、あまり自分の記憶がないのだけど、多分拍手が起こったような気がする。
彼にとっては、「おくれてきた人」だから、面はゆい妙な気分だったことでしょう。
でもたえず微笑みを浮かべていたようだ。

もっと彼と話す時間がほしかったなあ。

そのうち、あの再発女性とその悪友のクラスメイトで別の女性Oさんが共同戦線で、私に「カラオケをうたえ!」と迫ってきた。
歌は、私によく似た歌手・石原裕次郎の歌でという。

私はいくら頑張っても、ほとんど下手にはうたえないので、「ノーギャラかよ!」というと、なんと再発女性は、「のどのリンパ手術後で、声がほとんど出ない」といっていたくせに、その時だけは平然と、しっかりした声で「お金がほしいの?」とのたまわった。

あまりの迫力に、わたしはお金もほしかったのに、ひたすら我慢をして、裕次郎になりきらざるをえなかった。
「ボケ」にむかってくるときの「つっこみ」の,タイミングを心得た一幕ではありましたね。

恐るべし、クラス会。恐るべし、女ども。

さあまた来年が楽しみだなあ。
 
       (syuji)




posted by okumura at 18:29 | TrackBack(0) | 日記

2011年10月08日

月下美人 23年秋

P1020882 (640x480).jpg

今年は月下美人の花が6月から10月まで数回咲き夜長の私達の目を

そのかぐわしい香りと共に楽しませてくれました。

花は大きく真っ白であまい香りが部屋中に満ち渡ります。

夜8時頃から咲き始め夜中じゅう咲いているのですが翌朝には

必ず頭をたれてしぼんでいます。

その花をさっと茹でて3杯酢にして食べるとオツな味がします。

季節が終わるとさし芽をして何人かの方がたにもらって頂いたりも

しました。

何と役にたってくれるはなでしょう!!    のりこ
posted by okumura at 00:50 | TrackBack(0) | 日記

2011年08月25日

古い帯からテーブルクロス

P1020829 (640x480).jpg

趣味で古い着物から洋服や雑貨品を作ったりもしています。

先日カナダでホームステイする知人から頼まれてプレゼント用の

テーブルクロスを作りました。

1つは帯から長めのランナーを1つは女児のきものから金魚柄のクロス

を作りました。

この古いきものが海を渡るんだと思うと楽しんで作る事ができました。

ステイ先の家庭でも喜んで頂いたようで達成感いっぱいです。

次は娘からの注文で応接間のテーブルに欲しいと言われ今度は赤地に

鼓柄の帯をせっせとほどいている所です。      のりこ
posted by okumura at 19:53 | TrackBack(0) | 日記

2011年08月21日

誤算の送り火?

私の出身地・京都のお盆の年中行事、「五山の送り火」は、いかにも京都らしい穏やか気な行事で、
夏の終わりを静かに告げる、風情のあるものです。今までは・・・・。

今年の騒動は、ほんとうに見苦しい、かなしい展開に終始しましたね。

まず最初の騒動ですが、どうして福島の薪を燃やさなかったのか。放射能がないと検査で確認しておきながら、お断りするなんて、どういう考えだったのでしょう。

今までの慣例で、「全員一致でないと駄目」だったのでしょうか。
心が狭くありませんか。みんなでもっと話し合えば、納得のいく結論が出たはずです。

京都人の心根も、そんなに冷たくない筈です。

第2番目の騒動もですが、「薪の表皮に放射能があった」ので、止めたとのことですが、
前の失態を取り戻すためにも、表皮を取り除く作業をして、あるいは京都から人を派遣してでも
表皮の除去作業をやって、実施できるような気配りをしなかったのは、なぜでしょうね。

あんな大惨禍にみまわれた東北の人たちを、「孤独な気持ち」に追いやりかねない選択は、
間違っているような気がします。

あるいはもっと事情があるのなら、納得できる説明をしないといけませんね。

「故人のみたま」を静かに、敬虔な気持ちで送れるようでありたいものです。

      (syuji)


posted by okumura at 11:53 | TrackBack(0) | 日記

2011年07月09日

スピーチは短めに!

今まで無数のパーティーに出席してきました。ビール

必ずと言っていいほど、長いスピーチを浴びせてくる人が一人二人は居られますな。
司会者の腕が、進行のはやさで計られるくらいに、調整が難しいもんです。

つい先日、私にとって史上最高の「長スピーチ責め」に会ってしまいました。ふらふら

「一人4分」で始まったはずなのに、いれかわり・たちかわり延々とつづく話。
もう殆どの人が、待ちきれずに私語を始めるのも仕方がない状態でした。

とうとう司会者も困って、「皆さん、いったいどうされたのですかちっ(怒った顔)」と悲鳴をあげる始末。
司会者が気の毒になりましたよ。

長スピーチをする人は、一般的にみるとどうも「場の認知」ができていないケースが多いです。
こまごまと詳細に話したり、聴衆の興味を持ちそうな話かどうかもあまり考えていないような気がしますね。

そのうち何を話しているのか、重点も分からなくなったりして、同じフレーズの繰り返しが起こったりしてしまいます。

聞いた話ですが、スピーチの要点は、まず初めの数言で聴衆を「つかみ」、あとは簡潔に要点を
絞って、話すことにあるようですね。

私語が始まるのは、自分の話がつまらないからですね。
そう考えて、前もって言葉の運び方を準備しておくのが、一番です。

急な指名をしたり、やっつけのスピーチはろくな結果を呼びません。
聴く人のことを考えたら、事前にできる限り周到な準備をしたかどうかで、答えは決まってきそう。

どうやら私のこの話も、長すぎたようですね。これにて失礼。

    (syuji)






posted by okumura at 13:38 | TrackBack(0) | 日記

2011年07月04日

楽しきビアガーデン。

 ビール今年、素敵なビアガーデンを見つけた。名古屋都心にある「ランの館」の中庭で開かれるビアガーデンです。

従来型の「ビル屋上のビアガーデン」とは全く趣が違います。そういうところは騒がしく・にぎやかではあるが、ゴージャス感に乏しいですね。

それぞれに好みも違うので、「どこでなければ」とは思いませんが、珍しく豪華で・優雅な「ザ・ガーデン」といっていいでしょう。

広い中庭の一部を使った、邸宅でのガーデンパーティーの雰囲気ですね。

ランの館の内部や庭園の散策など、付録もすばらしいです。
価格も、「飲み放題で一人4,000円」のBBQコースにしましたが、量も十分。

私はもう2回行きました。1回は妻と、もう1回は以前の会社同期3人と一緒でしたが、どちらも
感嘆していました。

もっとも私は「ビアガーデン」といっても、健康上の理由から、飲むのは殆どワインバーですがね。

残念なことに(?)、経営者から何もふくろもらっていませんが、このブログをお読みの方に、お勧めしますよ。

私ももう3回目の予定がはいっています。今度は約20人ほどになるでしょう。いい施設は皆さんに「勝手に紹介したい病」にかかっているのでね。ついつい・・・・・。

       (syuji)




posted by okumura at 21:41 | TrackBack(0) | 日記

2011年06月11日

すみません。サボっていました。

このところの忙しさを理由にして、ブログの更新をサボっていました。

募金活動の記事ばかりで、変化に乏しいブログでしたね。お詫びします。パンチ

しかし、それにしても「日赤」の対応もすこぶる遅いですね。パンチパンチ
もっとはやくに被災者に義捐金をお渡しする手立てを考えなければね。
ステップ的に順番に処理するとか、方法はいくらでもあるはず。
     (syuji)
posted by okumura at 12:56 | TrackBack(0) | 日記

2011年04月13日

若者たちの朝食会

以前に、メルマガ『不定期ビジネスニュース』のオフ会で知り合った知人に、誘われたような・頼まれたような経緯で、ある異業種交流会の定例朝食会レストランにゲスト出席した。

早朝6時半に集合の約束なので、前日はホテルにとまり、その時間に会場のレストランに行った。みんなとても若い。ゲスト出席者は比較的年配の人も見られたが、出席会員の平均年齢は、多分30代でしょう。

決まったルールに沿って、手際良く議事は進められていく。

私が30代の頃なんぞ、異業種交流会なんて、ごく少なかったように思う。
ロータリークラブ・ライオンズクラブ・青年会議所、他にもあったでしょうが、数は少なかったはず。

今は無数に近いように思う。ちなみにわがパティオ伏見を定期的にご利用頂いている「異業種交流会」も多い。

自分自身の人生経験からすると、仕事に対する目標や、興味の対象も年代と共に変化してきている。
また社会における自分の役割も変わってきている筈である。

自分の半分くらいの年齢の男女が多数の、この朝食会の雰囲気に少しなじめないものを感じたが、そんなことよりも私は、明るく格闘している青年たちの姿に、エールを送りたいと感じた。

試行錯誤になってもよいし、努力を続けていれば、未来は君たちのものになるはずだ。

それまでは「俺たちの時代だ」といえるように、まだまだ頑張るぞ!ふらふら
    (syuji)



posted by okumura at 01:46 | TrackBack(0) | 日記

2011年02月13日

私を酔わせてどうする積り?

数日前、テレビTVでとんでもない化け物を見たような気がします。

ある番組で、一般人の希望をかなえるコーナーでした。

私のあらましの記憶でお伝えしますと、関西の箕面で、「紅葉のテンプラ」を売っている店のお婆ちゃん(97歳)が、ずっと以前にわかれたきりのお姉さん(岡山在住、109歳)に、会いにいきたい、という願いでした。

まずテレビ局の人間が、97歳の人に「何で行きましょうか。新幹線で行きますか。」とたずねると、「リムジンで行きたい」と、はっきりとお答えになりもうしました。
  (リムジンを知ってるばかりでなく、堂々とチャンスをものにしようとする貪欲さがスゴイ!)

そしてリムジンで岡山に到着。お姉さん(109歳)の家につくと、なんとお姉さんは自分の足で
たって、ちゃんと玄関までお出迎え。応対もまったく完ぺきでありました。

感激の対面を終えて、姉妹や家族で行った近くの鉄板焼き屋で、お店の主人がお酌したときのこと、97歳の妹さんが、「チーフ!そんなに私を酔わせてどうする積り?」と、のたまわった!
チーフ、ただ唖然・・・・・・ふらふらテレビを見ていた私も唖然・・・・・・がく〜(落胆した顔)

長命な方のいろんなシーンはしばしば見るが、こんなシーンは見たことがない。
健康で、ユーモアのセンスにあふれ、タイミングぴったりで、素晴らしい「ボケ」でした。
もう、負けそう。いや負けてる。

金さん・銀さんもすごかったが、今回は若い衆を飲み込まんばかりの勢いでござんした。
多分、箕面の「化け物」に違いないでしょう。
ぜひとも会ってみたいし、こちとらもずいぶんと励まされたですね。

多分、普段からいろいろ挑戦されているんでしょう。それにしても、スゴイ!
    (syuji)







 
posted by okumura at 12:17 | TrackBack(0) | 日記

2011年01月28日

天国への旅

子供の頃、まるで遠い出来事のように思っていた事が、年を経るにつれて
近づいてくることは、人にはよくあることですね。

そういえば、私が中学生の頃、「担任の先生が27才」と聞いた時、
何気なく「随分年のいった先生だなあ」と感じたのを思い出します。

もうそれから倍以上も、こちとらは生きてきたんだから、いい気なもんです。

そのころの時の変化は、たとえてみれば「遠景がゆっくりと近づいてくる」そのような
感じだったみたい。

このごろの感じは、違ってますね。速度が速まっています。

人の厳粛な死によって、最も強く変化を痛感させられる様な気がします。

自分の印象でいえば、大きくは@「近所のお年寄りの死」から始まって、A「祖父母世代の死」、
B「両親世代の死」、そしていまは、C「先輩世代の死」、と徐々に迫ってきています。

時に夭折する人の場合、悲しみは大きいが、いかんともし難いですね。

私の周りでつい最近では、同期生・元会社の上司・先輩社員が、この2カ月以内で、天国に
旅立ちました。

身近で、時代を一緒に生きてきた人達が、指折るように旅立って行くんです。

この身にもいずれその時がくるのは、わかっています。だって人類のながい歴史の中で、
「いまだかって生き残っている人は誰もいない」のですからね。

現在ですら、アフリカなど発展途上国の平均寿命で、30歳代の国々が有ると聞きます。

それを思えば、ながい間、美味しい飯を食い、楽しい酒を飲みました。いろんな感動や教訓も
身に感じることもありました。

決して、いいことばかりではありませんが、乗り越えてきた努力が、力や喜びとなって、
身体に残っています。それも、自分ひとりの力ではなく。

両親・家族・親戚・友人・同僚・知人、・・国・世界。本当に沢山の方々に、いい人生を送らせて貰っています。

死への恐れ、それは未体験であるだけに、「つらい行事」になるかもしれませんね。

しかし先々のそんなことを色々考えるよりも、今まで生きてきたように、毎日の時間を大切に
生き切ることこそ大切だと思います。

足元にこそ、踏みしめるべき大地はあるのですね。

この先も、楽しいことばかりではなく、困ったり・苦しんだり・悩んだりすることも有るでしょうが、それも人生。それが人生。

     船     船     船     
同じ時代の船に乗船している皆さんと一緒に、残る航海をたのしく充実したものにしたいですね。
さて次はどこの港かな・・・。
   (syuji)









posted by okumura at 03:18 | TrackBack(0) | 日記

2011年01月18日

雪明り

年も明けた数日前から、ズンと寒さが増してきた。

思いなしか歩く速さも小走りになりがちである。

妻が風邪気味であったため、早朝の散歩も取りやめていたが、
かえってそれが口実で、ホットしている自分も居る。

ゴミを指定場所に捨てに行くときの、着ぶくれした姿など、
我ながらブザマなスタイルである。

1月15日の土曜日。とうとう雪が降り始めた。時間が進むにつれ、しんしんと、
無音の音がしみいるように、あたりを支配していた。雪雪雪

私はいつも就寝は、午前2時以降であるが、必ず主に防犯のために
2階の窓のカーテンの隙間から、四周を見まわすようにしている。夜夜夜

このとき「雪明り」ということだろうか、幻想的な光景を目にした。

月も出ていない、いや月の光もないのに、明るい。「影」もなく
ぼうッーと、すべてがやすんでいるようだ。

立体感のない景色が、静かに我が家の周りを包んでいる。

明日は日曜日だが、早朝から名古屋で仕事が有る。
通勤電車も大幅に遅れるだろう。

雪雪雪電車・・・・雪電車雪雪雪

こりゃ、早起きして、朝食抜きで急がねばなるまい。
   (syuji)






posted by okumura at 02:37 | TrackBack(0) | 日記

2010年12月25日

師走・年末・総決算 

雪今日は12月25日(土)です。来週の土曜日は、もう1月1日で、新年になります。

押し詰まった感じが、年を追うごとに希薄になってくるようです。

以前は直前のクリスマス自体クリスマスが、もう10月ぐらいから、「ジングルベル」の音楽に取り巻かれるように、身に迫ってきました。

最近は、この曲そのものも聞く機会が、うんと減りました。
この曲は、あまりに商売がかって感情希薄ですが、歳時記というか、折々の風情を感じさせてくれる行事などが、減っていくのは、寂しい気がしますね。

私たちが子供の頃の正月は、母による「おせち料理の準備や買い物」、自分たちによる「ふき掃除」、家族みんなで「飾り付けの準備」などを終えて、やっと一息。

紅白歌合戦・行く年来る年・年越しソバなどと、一連のセレモニーをへて、新年を迎えました。
新年には、晴れ着を着て、お雑煮を食べるのが、始まりでした。

こういう風習が、いつのまにか「スキースキー」「海外旅行飛行機」「おせち重セットの購入」「一人用ゲーム機」などに変化し、もう晴れ着をきるのは、特別な会合に限られるようになってしまったようです。

私たち夫婦は、今でもお正月にはなるべく着物を着るようにしていますが、住んでいる地区で着物を着ている人は、ほとんど見ることができません。

私なんか子供の頃は、お年玉を集めるためにも、「親戚めぐり」も楽しみの一つでしたふくろ

今の時代は親戚の数も減ったでしょうし、交流もへったでしょうね。

個人主義(この言葉が適当ではないかもしれませんが)がひろがり、経済的余裕とともに、多様な過ごし方が可能になっただけに、思い出や感動までが別々になってしまったようです。

このこと自身が悪いとはいいきれないでしょうが、「一年の締めくくり」をして、新たな気持ちで新年を迎えるという、「けじめ」をなくしてしまったかもしれませんね。

「けじめ」はとても大事で、便利な風習ではないでしょうか。
辛かったこと・悲しかったことからも区切りをつけるのは、生活の知恵のような気がします。

「一年の計は元旦にあり」ということわざがありました。もう使われてないみたいですね。

もっとも当時からも、私は元旦に一年の計をたてたことは、なかったと思います。
それだけ、苦労も少なかったのでしょうか。
     (syuji)








posted by okumura at 21:32 | TrackBack(0) | 日記

2010年11月24日

同窓会で大当たり。

私が卒業した「大阪市立大学同窓会愛知支部総会」が、11月17日に名古屋で開催されました。

同窓会合唱

毎年1回の総会ですが、今年で24回目になります。24年前から有難いことに毎年、母校の学長・同窓会長等の方々にも来賓としてご出席いただいており、今年もそうでした。

出席会員数は微減傾向ですが、最近は80名〜100名程度です。
愛知支部創設の第1回総会は、出席会員数約170名にも達しただけに、やや残念ではありますね。
私も創設以来、縁あってずっと幹事の一員として、関係しています。

それはさておき今回、珍しい事件がおきました。それも私に関してなんです。

いつも終盤に「お楽しみ抽選会」をやるんですスペード。毎年、景品として『高級婦人用コート』や『焼酎・百年の孤独』など、人気のあるのがズラリ。

私も毎年、品物を変えて景品を寄贈していますが、今年は『三重の無農薬新米』5袋と『銘酒セット』などを供出。

ところがなんと、この新米に自分が当選しちゃって、急きょパスちっ(怒った顔)
あわてて担当の後輩女性がもう一度抽選すると、またまた私が当選ちっ(怒った顔)。ドンマイ、ドンマイ。新米、ドンマイ。
またもパス。

そしてやっと、他の景品をゲットふくろ。全員に当たるわけでもないのに、都合3回も当たるとは、ふだんの心がけがいいのか、強欲なのか。今までに一日に3回も当たったバカは居りません。
24年にわたる総会抽選史上、初めての快挙でした。


(さてさて年末ジャンボも買い増すかなァ)

        (syuji)


posted by okumura at 12:27 | TrackBack(0) | 日記