2011年08月09日

ある本を読む。

本今ちょうど私は藤原正彦氏著の『日本人の誇り』を読み終わろうとしている。

比較的乱読タイプで、気の向くままに、雑多な種類のものを読むようになっている。

『ゴルゴ13』などは、たぶん愛読歴40年を超えているだろう。いわゆる「劇画」と呼ばれたものは、
ほかにもいくつか愛読した。この種の本を「読書」とよぶことに抵抗感を覚える人もいるでしょうが、私はそうは思はない。

やはり読んでいて重い・難しい本は、めったに読まないふらふら

何度も何度も、繰り返し読んでいるのは、藤沢周平氏・山本周五郎氏・池波正太郎氏の著作が多い。
小説だけではなく、随筆も好きである。

こういうなかで、『日本人の誇り』は少し重たい部類に入るかもしれないなふらふら

この本の87ページにある文章。

「広島と長崎への原爆や日本中の都市に対する無差別爆撃が、人道上の罪であることは言を俟ちません。」

私がこのブログで書いた同じことが、載っていました。もちろん藤原氏は、より理論的に・史実をまじえて、書いておられました。
日本軍も、より小規模ではあるが中国の「重慶爆撃」で同種の罪を犯したことも。

この本の中で、「現在の思想で、過去の歴史をさばいてはならない」という趣旨の記述があった。
これに関しては、少し疑問符をつけたい。

というのは、原爆にしろ・無差別爆撃にしろ、当時すでに反対していた人がアメリカにもいたのだ。
そして、それらの人の意見を踏み越えて、歴史が動かされたようだ。
そこに人間の判断や過ちや主張や立場が、凝縮された瞬間があったのだ。

これこそが、「人間的歴史」のような気がする。こんな言葉が適当かどうかわからないが、いつも誰かが、その時点で推進しているようだ。

これ以上、回らない頭で書いていると、さらにボロがでるので、これにて1件落着。

     (syuji)











posted by okumura at 20:45 | TrackBack(0) | 心の響き
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