2011年06月23日

おひさま のように。

人気のあった連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』以来、引き続いて毎朝なるべくテレビ小説をみるのを日課のようにしています。

いまは『おひさま』です。太陽のようにあかるい女性を主人公にした物語。
太平洋戦争のさなかにも、くじけず頑張っていく姿が描かれています。

私の年代よりも10数年うえの世代の話ですが、ここ数日は東京から空襲を避けて田舎に疎開してきた幼い姉妹が、東京に残った両親を空襲で失ってしまう、つらい場面です。

いまの世代の若い人たちは、疎開とか空襲とかいっても、ピンとこないはずですね。
私は5歳で終戦を迎えた年令なので、いろいろな体験もあるんですよ。

例えば4歳上の兄は、「学童疎開」といって、小学校上級学年ぐるみの集団で、山奥のお寺へ集団避難しました。
当時の写真も数枚残っていますが、みんなが手足もガリガリに痩せています。

幸いにして、京都に生まれ住んでいたので、結果としては大した爆撃にあうこともなかったです。
他の都会に比べれば平穏だったといえるでしょう。

私の妻は大阪の生まれ育ちなので、とても大変だった筈ですね。
米軍・連合国軍の爆撃で、家財も全部やかれました。
日本のほとんどの都市が、大空襲をうけ、多数の人命と財産・生活を奪われたのです。

わたしは夏になるといつも、空襲にたいする怒りがより強くこみあげてきます。

木造家屋を狙って、焼夷弾で大量かつ広範囲に投下して、都市部を焼き払う攻撃。
無防備な民間人をねらった攻撃です。

このような非道な攻撃が、繰り返し繰り返しおこなわれました。
原爆の悲劇もつらく恐ろしいものですが、この「空襲」も負けず劣らずです。
有名な「東京大空襲」といわれるものは、一日での死者数が約10万人です。

先ほどのテレビドラマのようなケースもたくさんあったに違いありません。
終戦後に孤児の収容施設をドラマの題材にした『鐘の鳴る丘』など、今も記憶に残っていますね。

日本もこの戦争の際には、外国で大なり小なりの野蛮な攻撃をしたようです。

戦争は、人類が永い歴史の中で培ってきた理性をはかいして、凶暴な野生とエゴの塊にしてしまうようです。

「戦争には真の勝利者はいない」ともいいますが、戦争はたえず世界のどこかで・いまも行われています。
凶暴な指導者もいますね。

ではどうするか。一挙に解決する方策が見いだせないなら、少しずつ着実に反戦への動きを進めるしかないように思いますね。

どの道が一番よいのか、一番早く平和な世界に到達できるのか、政治家にいくつかの道筋を明示しておらったうえで、国民的な議論をすることが必要だと思いますね。
      (syuji)
















posted by okumura at 12:13 | TrackBack(0) | 心の響き
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